息子に「会社は継がない」と言われた社長がすべきこと【前編】― いつまで待つべきか

こんにちは。堀之内総合会計・労務事務所代表の堀之内康仁です。

将来は息子に会社を継いでもらおうと考えていた。しかし、本人から「会社は継がない。東京で就職する」と言われた。

こうしたとき、経営者は会社の将来をどう考えればよいのでしょうか。

コラム第5回は、このようなケースを題材に、後継者不在となった経営者が、いつ、どのように会社の将来に向き合い始め、何を準備すべきなのかを考えてみます。


「継がない」と言われたとき

ゆくゆくは会社の将来を託そうと、密かに、あるいは口に出して期待をかけていた息子から、このような言葉を言われた時の経営者のショックは計り知れません。

ただ、息子にも自分の人生があります。親からの期待は以前から感じていたでしょうし、その思いを理解もしています。その上で、それとは異なる人生設計を描くことは当然にあり得ることです。

このような場合、経営者としては、本人の意思を尊重し、従業員への承継や第三者への承継といった、親族内承継以外の選択肢を考え始めるべきでしょう。


一度「継がない」と言った息子が戻ってくることもある

一方で、息子の意思は10年後も同じでしょうか。東京で会社員として経験を積むうちに、仕事に対する考え方が変わることもあります。

結婚や子育てをきっかけに地元へ戻りたいと思うこともあれば、外から家業を見ることで、その価値に初めて気付くこともあります。

外部企業で得た経験が、結果として家業を継いだ後の経営に役立つこともあるでしょう。

これは私自身の話になりますが、大学進学を機に地元山梨を離れ、公認会計士試験の合格後は都内で働いていました。

当時は、いずれ山梨に戻るという考えはほとんどなく、このまま東京で働き、生活していくのだろうと思っていました。

そんな考えが変わったきっかけが、息子の誕生でした。

これからどこで暮らし、どのような環境で子育てをしていくのか。家族の将来を考える中で、故郷である山梨に戻るという選択肢が現実的なものになり、最終的にUターンすることを決めました。

人の仕事や暮らしに対する考え方は、年齢や家族、置かれた環境によって変わることがあります。

これは、事業承継についても同じではないでしょうか。

実際、勤務経験などを経てUターンし、地域の事業を承継する事例があります。

一度地域外でキャリアを形成した息子が、その経験を持って地域に戻り、事業を引き継ぐというキャリア自体は現実に存在します。

(参考:「おくびと~奥会津に生きる人々~」『目黒 大地』)

したがって、若い後継者候補が一度「継がない」と言ったことだけをもって、親族内承継の可能性を完全に閉じる必要はないと考えます。


「気が変わるまで待つ」にも期限がある

しかし、「いつか戻ってくるかもしれない」と何年も何もせずに待つことには、大きな経営上のリスクがあります。

息子の結婚や子供の状況、配偶者の仕事、勤務先でのキャリア、住宅取得の有無などによって、家業へ戻る可能性は変化していきます。

重要なのは、「息子があと何年で決断するか」ではなく、「経営者があと何年待てるか」 という視点です。

例えば、社長と息子の置かれた状況から、親族内承継の可能性を下記表のように考えてみてもよいでしょう。

※以下はあくまで考え方を示すための一例です。実際には、経営者の健康状態や会社の経営状況など、さまざまな事情を踏まえて判断する必要があります。

「継がない」という言葉だけで親族承継の可能性を閉じる必要はありません。しかし、いつまでも待つこともできません。

もちろん、「60歳になったら○○をする」「70歳になったら親族内承継を諦める」と一律に線を引けるものでもありません。

むしろ重要なのは、経営者自身が元気なうちから会社の将来について考え、「いつまで待つのか」という自分なりの期限を持っておくことです。


ここまで、「いつまで待つのか」という時間軸について考えてきました。

では、”待つ期限”をある程度定めたとして、その間、経営者はどうすべきでしょうか。

息子が将来戻ってくる可能性を残すとしても、何もしないで待つことが最善の選択肢とは限りません。

親族内承継になるか、従業員承継や第三者承継になるかが決まっていない時期でも、やっておくべきことがあります。

次回のコラムでは、「待っている間に準備すべきこと」について考えてみます。

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